在職老齢年金が廃止されても「厚生年金に加入しない働き方」は得なのか?

国は2019年6月11日、「経済財政の基本方針」の中で高齢者の就労を阻害する原因の一つとなっている「在職老齢年金」を廃止する方針を打ち出しました。

早ければ2021年にも在職老齢年金が廃止される見通しです。

在職老齢年金は、「在職者」が「老齢年金」を受け取る場合に、賃金額と年金受給額の合計額に応じて年金額の一部または全部を減額する制度です。

年金が減額されるのは、賃金額と年金受給額の合計が65歳未満では月27万円超となった場合、65歳以上では月48万円超となった場合です。

なお、減額の対象となるのは老齢厚生年金(厚生年金)のみで、老齢基礎年金(基礎年金)は除外されます。

在職老齢年金の「在職者」とは厚生年金に加入して働く者のことであり、厚生年金に加入しない働き方であればどれだけ収入を得たとしても年金は減額されません。 そのため、「定年退職後は、会社と雇用契約(労働者)ではなく業務請負契約(個人事業主)を締結すれば年金が減額されずお得である」という趣旨の解説がされることが少なくありませんでした。

在職老齢年金が廃止されても業務請負による働き方が有効?

在職老齢年金が廃止された場合、年金減額の観点からは業務請負を選択するメリットがなくなります。

しかし、週刊ポスト2019年6月28日号で、在職老齢年金が廃止されても「『厚生年金に加入しない働き方』はこれからも有効」との記事が掲載されました。

https://www.news-postseven.com/archives/20190623_1393513.html

その理由としているのが厚生年金保険料の天引きです。

「会社員」として月給25万円が支払われた場合には、毎月の賃金から約2.37万円の厚生年金保険料が天引きされます。

一方、「業務請負」として月額25万円が支払われた場合には厚生年金保険料の納付が不要となるため、2年で約57万円(=2.37万円×24月)の得をするということのようです。

ただ、業務請負には会社員にはない様々な負担やリスクが生じます

定年退職後の働き方を考える際は、厚生年金保険料の負担だけでなく様々な観点からの検討が必要です。

ここでは、定年退職後に業務請負による働き方を選択する場合に留意すべきポイントを4つ紹介します。

(1)国民健康保険料や配偶者の国民健康保険料の納付義務が発生する

1つ目は、公的保険料の負担に関する問題です。

厚生年金に加入する会社員は、同時に健康保険に加入します。 健康保険料は、厚生年金保険料と同じく賃金額を基準に算出され、月給25万円であれば毎月の本人負担額は約1万3000円です。 健康保険では一定の要件を満たす配偶者や子を被扶養者にすることができ、被扶養者が何人いても健康保険料額が変わることはありません。

一方、業務請負の場合は、原則として市区町村の国民健康保険に加入することになります。

国民健康保険料は、世帯人数に基づいて決定される「均等割」や前年所得から算出される「所得割」などの合計によって決定しますが、被扶養者の概念がないため、配偶者や子がいる場合には、その人数に応じて国民健康保険料の負担は大きくなります。

また、配偶者が専業主婦(夫)の場合、厚生年金に加入している会社員であれば第3号被保険者として配偶者の国民年金保険料が免除されますが、業務請負の場合は配偶者自が第1号被保険者として国民年金保険料の支払いが必要となります。

国民年金は原則として60歳まで加入します。業務請負で配偶者が60歳未満の場合には、年間約20万円の国民年金保険料の支払いが必要です。

なお、会社員として厚生年金に加入し続けた場合であっても、65歳を超えるとその配偶者は第3号被保険者とはなれず、第1号被保険者として国民年金保険料の支払いが必要となります。

(2)労災保険に加入できず業務中や通勤中のケガや病気の補償がない

2つ目は、業務中や通勤途中のケガや病気に対する補償に関する問題です。

会社員であれば、業務中や通勤中にケガをした場合は、労災保険から治療費全額の給付がされるため、自己負担なく療養が受けられます。

一方、業務請負の場合は業務中や通勤中にケガをしても労災保険からの給付が受けられません

自身が加入している国民健康保険を利用して一部自己負担(3割)で受診する必要があります。

(3)ケガや病気で休業した場合の収入補償が受けられない

3つ目は、ケガや病気で休業した場合の収入補償に関する問題です。

会社員の場合、業務や通勤に起因するケガや病気で休業して賃金が支払われなかった場合には、労災保険から「休業(補償)給付」が支払われて収入の一部が補償されます。

また、プライベート中に発生したケガや病気で休業した場合には、健康保険から収入補填として「傷病手当金」が支払われるため、休業期間中の収入低下を防止することができます。

しかし、業務請負の場合には労災保険の対象とはならないため、業務中や通勤中にケガをしても収入補償はありません。

また、国民健康保険には傷病手当金の制度がないため、プライベートで生じたケガや病気の場合にも収入が大幅に減少してしまうおそれがあります

(4)所得税等で給与所得控除が受けられない。自身で確定申告を行わなければならない。

4つ目は、所得税や住民税の計算や納付事務に関する問題です。

会社員に支払われる給与は、給与所得控除が差し引かれた後の金額に対して課税されます。

月給25万円(年300万円)の場合、給与所得控除額は108万円です。これを差し引いた残りの192万円が給与所得となり、ここからさらに基礎控除等を差し引いた後の金額に対して税金が課せられます。

一方、業務請負の場合に会社から支払われた場合には、交通費等の必要経費を控除した額に対して課税されます。

給与所得控除であれば実際に支払いがあったかどうかにかかわらず一定額の控除が受けられますが、必要経費は原則として実際に要した費用しか控除されないため、会社員として年300万円の給与が支払われた場合と業務請負として年300万円の売上が支払われた場合では、業務請負の方が税負担が大きくなります

また、会社員であれば原則として会社の年末調整で事務手続きが完了しますが、業務請負の場合には自分で確定申告を行わなければならないことにも留意が必要です。

なお、業務請負の場合には、一定の手続きを経て青色申告特別控除や専従者控除を受けた場合には税負担を抑制することができます。

ただし、届出や複式簿記による記帳などの事務負担が生じます。

まとめ

業務請負によって生じるリスクや負担は少なくなく、定年退職後の働き方について、厚生年金保険料の負担の有無だけで会社員と業務請負のどちらがお得かを考えるのは得策ではないでしょう。

この点については、週刊ポストの記事も一方的に業務請負のほうが有利としているわけではなく、会社員として働く場合は65歳までの雇用が義務化されているため、雇用の安定という観点から見れば会社員の方が有利である旨が述べられています。

在職老齢年金が廃止されれば、定年退職後に会社員として勤務し続けることの最大のデメリットが無くなるといっても過言ではありません。

定年退職後の働き方についてそれぞれの考え方や状況に合った選択を行うことがこれまで以上に重要となります。