令和2年9月1日に労働者災害補償保険法(労災保険法)が改正され、複数の会社等に雇用されている労働者への労災保険給付の制度改正が行われました。
(厚生労働省HP)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/rousai/rousaihukugyou.html
国は、平成30年1月に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を発出して副業・兼業の普及促進を図ってきました。
しかし、従来の労災保険給付の枠組みでは、副業・兼業者が労災事故に遭ったときに十分な給付を受けられない可能性があり、普及促進を妨げる要因の一つになっていました。
今回の法改正により、副業・兼業をしている者であっても、一つの会社で勤務している者と同水準の給付が受けられるようになることが期待されます。
保険給付額の計算基礎が「労災事故が生じた勤務先の賃金」から「すべての勤務先の賃金の合算」に
今回の法改正では、2つの合算ルールが設けられました。
1つ目は、保険給付額の算出における賃金の合算です。
労災保険の「休業(補償)給付」(休業期間中の収入補填))や「障害(補償)給付」(障害が残った場合の補償)は、原則として災害発生時における賃金額(平均賃金)に基づいて算出します。
従来、副業・兼業者が労災事故にあった場合の保険給付額は、労災事故が生じた会社から支払われていた賃金額のみに基づいて給付額を算出していましたが、今回の法改正によってすべての勤務先の賃金額を合算した額に基づいて給付額を算出することとされました。
「A社から月30万円の賃金を受けている者」「A社から月20万円、B社から月10万円の賃金を受けている副業者」「A社とB社からそれぞれ月15万円の賃金を受けている兼業者」のいずれであっても月30万円の賃金に基づいて算出した労災保険給付を受けられます。
すべての勤務先の負荷を総合的に評価して認定基準を満たせば「複数業務要因災害」として労災認定
2つ目は、脳・心臓疾患や精神障害の労災認定の判断における負荷の総合評価です。
長時間労働や業務による過度なストレスなどが原因で脳・心臓疾患や精神障害を発症したと認められる場合には、「業務上災害」として労災保険給付が受けられます。
脳・心臓疾患の労災認定における判断基準の一つが、いわゆる「過労死ライン」と呼ばれている月100時間超の時間外・休日労働です。
従来は、会社ごとに労災認定基準を満たす長時間労働があったか(過労死ラインを超えていたか)が評価されていたため、A社とB社でそれぞれ月50時間の残業を行っていた場合には認定基準を満たすことができませんでした。
しかし、今回の法改正では、A社とB社を合算した月100時間を認定基準に照らし合わせて労災認定の判断が行われることになりました。
複数の勤務先の負荷を合算して労災認定した場合は、「業務上災害」ではなく、新たに設けられた「複数業務要因災害」という認定区分となります。
法改正後における労災認定の種類は、「業務上災害」「通勤災害」「複数業務要因災害」の3つとなりました。
なお、複数の会社に勤務している場合であっても、その中の一つの会社だけで労災認定基準を満たす場合には、複数業務要因災害ではなくこれまで通り業務上災害として認定されます。
例えば、A社で月100時間超の残業、B者で月50時間超の残業を行っていた副業・兼業者が脳・心臓疾患を発症した場合には、まず、A社だけの負荷を評価して「業務上災害」に当たるかどうかを判断し、A社の負荷のみで労災認定基準を満たさなかった場合のみ、B社の負荷も総合的に勘案して「複数業務要因災害」に当たるかどうかを判断することになります。
副業・兼業がフリーランスや会社役員の場合は合算対象外
今回の法改正によって合算対象とされるのは、副業・兼業が労働者の場合(事業主に雇用されて賃金が支払われている場合)に限られます。
フリーランスや個人事業主として収入を得ている場合や会社の役員として役員報酬を得ている場合には合算対象とはならないため注意してください。
なお、これらの働き方であっても、一人親方や中小事業主として労災保険に特別加入している場合には合算対象となりますが、実務上はレアケースといえるでしょう。
法改正前後における労災保険給付の比較
法改正前後における労災認定の種類と保険給付額の計算基礎となる賃金を整理すると下記のようになります。
ただし、「複数業務要因災害」は「業務上災害」ではないため、労働基準法における事業主の補償義務の対象外であり、労働基準法に定められている休業期間中の解雇制限(第19条)や年次有給休暇の出勤率算定における休業期間中の出勤みなし(第39条第10項)などの補償は受けられません。
副業・兼業者の労災保険給付が拡充しましたが、労災事故発生時のリスクは本業のみの場合よりも高い部分があるため、リスクコントロールはしっかり行っておきましょう。