労災保険は国が運営する公的保険ですが、民間の損害保険会社でも従業員が労災事故に遭ったときの補償を目的とした保険商品を販売しています。
損害保険会社の保険は、大きく分けると、
- 国の労災保険給付への上乗せ給付を行うもの
- 国の労災保険給付とは関係なく独自の給付を行うもの
があります。
上記1に類するものは、その性質上、国の労災保険給付を受けることが必須ですが、上記2に類するものは、国の労災保険給付を受けることが必ずしも要件とはなっていません。
そのため、従業員が労災事故に遭ったときに、労災保険の給付は申請せずに民間の損害保険から補償給付を行っている会社もあるようです。
労災保険の給付申請を行わずに民間の損害保険だけで給付を行うことに問題はないのでしょうか。
他の方法で補償義務を果たしているのであれば労災保険の給付申請を行わなくても問題はない
結論から言うと、労災保険の給付申請を行わずに民間の損害保険を利用して補償を行うこと自体に問題はありません。
労働基準法は、従業員が業務に起因するけがや病気を負ったときの使用者の補償義務として、下記の5つを定めています。
- 療養補償(第75条)
- 休業補償(第76条)
- 障害補償(第77条)
- 遺族補償(第79条)
- 葬祭料(第80条)
使用者が義務付けられているのは、これらの補償を行うことであり、労災保険給付の申請を行うことが義務付けられているわけではありません。
労災保険の給付申請は、これらの補償義務を果たすための手段の一つにすぎません。
例えば、「療養補償(第75条)」であれば、療養に必要な診療費や薬代などを全額使用者が負担することが義務付けられています。
労災保険を申請すれば療養補償給付としてその全額の給付を受けられますが、使用者が自ら現金で療養費全額を支払ったとしても、労基法で義務付けられている補償義務は果たしているため問題はありません。
そのため、民間の損害保険の給付によって必要な補償を行ったとしても何ら問題はありません。
民間の損害保険を利用する場合でも労災保険の加入は必須
ただし、労災保険の給付申請を行わずに民間の損害保険を利用して補償を行おうとする場合には、いくつか留意点があります。
1つ目の留意点として、労災保険の加入は従業員を使用しているすべての使用者に義務付けられています。
労災保険給付の申請を一切行わず、すべて民間の損害保険の給付で補償するつもりであっても、労災保険への加入は必ず行わなければなりません。
そもそも、ちょっとしたケガや病気であればともかく、重度のケガ、障害、死亡などがあった場合には、民間の損害保険だけですべての補償義務を果たすことは実務上不可能だと思われます。
労災の支給申請を行わない場合でも労働者死傷病報告書の提出は必要。「労災かくし」として厳しい処罰の対象に。
2つ目の留意点として、労災保険の給付申請を行わない場合であっても、労働基準監督署に労災事故の発生を報告することは必要です。
労災事故発生の報告は「労働者死傷病報告書」の提出によって行います。
休業4日以上の労災事故については発生ごとに作成して報告、休業4日未満の労災事故については四半期ごとに作成して報告を行わなければなりません。
労働者死傷病報告書を提出しないことは、いわゆる「労災かくし」となります。
労働基準監督署は、労災かくしに対しては非常に厳しい姿勢で臨んでおり、書類送検をされるケースも少なくありません。
「労災保険の給付申請を行うこと」と「労災事故発生の報告を行うこと」は、まったく別の手続きです。
「労災保険の申請をしなくても損害保険会社から給付を受けられる」としても、「労災事故が起きても労働基準監督署の手続きや報告は一切しなくてよい」とはならないことに留意が必要です。