社員から賃金のデジタル払いの希望があれば必ず応じなければならない?

2022年10月26日に開催された厚生労働省の第181回労働政策審議会労働条件分科会において、賃金のデジタル払いに関する労働基準法施行規則改正案が了承されました。

2023年4月1日から、賃金のデジタルマネーでの支払いが可能となります。

社員から賃金のデジタル払いを希望された場合、会社は必ずそれに応じなければならないのでしょうか。

賃金支払いは「通貨払い」が原則

労働基準法第24条は、「通貨払いの原則」「直接払いの原則」「全額払いの原則」「毎月払いの原則」「一定期日払いの原則」の5原則を定めています。

§労働基準法

(賃金の支払)
第24条 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。

2 賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第89条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。

デジタル払いの解禁は、「通貨払いの原則」の例外の見直しです。

太字が、通貨払いの原則の例外に関する部分となります。

「通貨払い」とは、簡単に言えば、賃金を現金(日本円)で支払わなければならないという原則です。

(関連記事)賃金をドルで支払うことは「通貨払いの原則」に違反する?

現在は、銀行振り込みによる賃金支払いが主流ですが、銀行振り込みは、厚生労働省令(労働基準法施行規則)で「確実な支払いの方法」として定められた方法であり、法律上はあくまで例外的な支払方法となります。

社員の希望に応じてデジタル払いを行う義務はない

通貨払いの原則の例外(確実な支払の方法)は、労働基準法施行規則第7条の2に規定されています。

2023年4月からは、これらに、一定要件を満たすデジタル決済業者(指定資金移動業者)への支払いが追加されます。

§労働基準法施行規則

第7条の2 使用者は、労働者の同意を得た場合には、賃金の支払について次の方法によることができる。
  1. 当該労働者が指定する銀行その他の金融機関に対する当該労働者の預金又は貯金への振込み
  2. 当該労働者が指定する金融商品取引業者(金融商品取引法(昭和23年法律第25号。以下「金商法」という。)第2条第9項に規定する金融商品取引業者(金商法第28条第1項に規定する第一種金融商品取引業を行う者に限り、金商法第29条の4の2第9項に規定する第一種少額電子募集取扱業者を除く。)をいう。以下この号において同じ。)に対する当該労働者の預り金(次の要件を満たすものに限る。)への払込み

    (以下略)

これらの支払い方法によることができるのは「労働者の同意を得た場合に」とされています。

そのため、会社がデジタル払いとすることを希望しても、社員の同意を得られない場合はデジタル払いとすることはできません。

一方、労働者の同意を得れば「次の方法によることができる」とされているだけですので、会社に対してこれらの支払い方法を義務付けているものではありません。

社員がデジタル払いを希望したとしても、会社がそれに応じる義務はなく、通貨(現金)又は別の社員の同意を得た方法(銀行振り込み)で賃金支払いを行えば足ります。

デジタル払いはどの程度普及するのか

社員の希望に応じてデジタル払に応じる義務はありませんが、デジタル払いの普及が進めば、「賃金のデジタル払いがされる会社かどうか」を会社を選ぶ際の基準の一つとするような求職者も出てくるかもしれません。

急激に賃金のデジタル払いへの転換が進むとは考えにくいですが、来年4月以降における企業の動向が注目されます。