労働基準監督署が厳しく取り締まっている「労災かくし」とは?

労働基準監督署が、特に力を入れて取り締まっている法律違反の一つに、「労災かくし」があります。

「事業主が、労災事故が起きた際に労災保険手続きを行わないこと」を労災かくしと考えている人が少なくないのですが、実は、労災保険手続きを行っていないことは、労災かくしと直接は関係しません。

どのようなケースが労災かくしに当たるのでしょうか。

労災事故が発生した場合は「労働者死傷病報告」の届出が必要

労働安全衛生法(以下「安衛法」)第100条は、事業者などに対して、必要な事項を報告させたり、出頭を命じたりできることを定めています。

§労働安全衛生法

(報告等)
第100条 厚生労働大臣、都道府県労働局長又は労働基準監督署長は、この法律を施行するため必要があると認めるときは、厚生労働省令で定めるところにより、事業者、労働者、機械等貸与者、建築物貸与者又はコンサルタントに対し、必要な事項を報告させ、又は出頭を命ずることができる。

(第2~3項 略)

本条に基づき、安衛法施行規則(以下「安衛則」)第97条には、労災事故が発生したときに、「労働者死傷病報告」(以下「死傷病報告」)によって、発生時の状況や被災状況などを所轄労働基準監督署長に報告しなければならない旨が定められています。

§労働安全衛生法施行規則

(労働者死傷病報告)
第97条 事業者は、労働者が労働災害その他就業中又は事業場内若しくはその附属建設物内における負傷、窒息又は急性中毒により死亡し、又は休業したときは、遅滞なく、様式第23号による報告書を所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。

2 前項の場合において、休業の日数が4日に満たないときは、事業者は、同項の規定にかかわらず、1月から3月まで、4月から6月まで、7月から9月まで及び10月から12月までの期間における当該事実について、様式第24号による報告書をそれぞれの期間における最後の月の翌月末日までに、所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。

第1項は、労働者が死亡または4日以上休業する場合の報告であり、様式第23号によって労災事故の発生ごとに報告しなければならないと規定しています。

一方、第2項は、休業が4日未満の場合の報告であり、こちらは四半期ごとに取りまとめて様式第24号によって報告することとされています。(労災事故があっても、休業0日であれば死傷病報告を提出する必要はありません。)

なお、死傷病報告が必要な災害は、「労働災害その他就業中又は事業場内若しくはその附属建設物内における負傷、窒息又は急性中毒~」となっていますので、通勤災害の場合には、死傷病報告の届出義務はありません。

労災かくしは労働者死傷病報告の届出を適切に行わないこと

労災かくしとは、安衛法第100条・安衛則第97条(特に第1項)違反のことであり、事業主が、労災事故の発生を隠すために、死傷病報告の届出を行わなかったり、虚偽の内容で届出を行ったりすることを言います。

つまり、労災保険申請を行ったとしても、死傷病報告の届出が適切に行われていなければ、労災かくしとなり得ます。

ただ、労災保険申請が正しく行われていれば、労災事故を隠す意思がなく、単なる届出不備と考えられるため、労災かくしとして問題になることはほとんどありません。

問題となるのは、労災事故の発生自体を隠蔽しようとするケースや、事実関係の一部を隠して虚偽内容に基づいて労災保険給付を受けようとするケースです。

そういった意味では、労災保険申請の有無が、労災かくしに全く関係ないわけではありませんが、直接的ではなく、あくまでも間接的に関係しているにすぎないことは理解しておきましょう。

労災かくしに当たる代表的な3つの事例

労災かくしの形態の代表的なものとしては、次の3つが挙げられます。

(1)死傷病報告の届出を行わない

労災事故が起きたこと自体を隠蔽するために死傷病報告の届出を行わないケースです。 事業主が、労災事故の発生を隠蔽しようとする理由には、次のようなものがあります。

  • 労災保険は、一定期間に発生した労災事故の多寡に応じて最大40%の範囲で保険料負担を増減させる「メリット制」が採用されており、保険料負担の増加を免れるために隠す
  • 公共工事などの元請業者が、発注者から今後の受注において入札停止等のペナルティーを科されることをおそれて隠す
  • 建設現場などの下請業者が、元請業者からの今後の受注に影響を及ぼすことをおそれて隠す
  • 現場責任者が、自身の評価が下がることや無災害表彰の受賞に影響を及ぼすことをおそれて隠す

労災事故発生そのものを隠蔽しようとするこのケースでは、労災保険申請も当然行われず、通常、被災者の健康保険によって被災者の治療が行われます。

ただ、健康保険は3割の自己負担が必要であるのに対し、労災保険であれば治療費全額の給付が行われます。

中には、自己負担の3割を会社が負担すればよいと考える事業主もいますが、本来給付対象ではない業務上のケガに対する給付を健康保険に請求することは不正受給に当たるため、やはり問題があります。

また、労災保険は、障害が残ったときや死亡したときの給付も健康保険よりも手厚くなっています。

思っていたよりもケガが重症化し、被災者からの訴えによって労災かくしが発覚することも非常に多いです。

(2)労災事故の発生状況を偽って届け出る

会社の安全対策の不備について行政指導を受けることをおそれて、労災事故の発生状況や発生場所を偽って死傷病報告を届け出るケースです。

実際にあった虚偽報告のケースの例として、次のようなものがあります。

  • 工場の敷地内で起きたフォークリフトと労働者の衝突事故を交通事故として届け出る
  • 手すりが設けられていない高所作業場からの墜落事故を階段からの転落として届け出る
  • 安全カバーのない食肉加工機械によって負ったケガを包丁使用中のケガとして届け出る

このケースでは、虚偽の内容に基づいた労災保険申請が行われるため、被災者への補償については支障がないことも少なくありません。

そのため、事業主に労災かくしをしているという意識が低く、安易に虚偽報告が行われるケースも散見されます。

しかし、発生状況を偽ることで十分な再発防止対策が講じられない可能性が高く、悪質な労災隠しとして厳しい処罰の対象となります。

(3)建設現場の労災事故を下請業者の労災事故として届け出る

建設現場のように請負関係が生じている場所で発生した労災事故は、下請業者の労災事故であっても、元請業者が安全管理の責任を問われ、元請業者の労災保険から給付が行われます。

そのため、下請業者が今後の受注に支障が出ることをおそれたり、または、元請業者が労災事故の責任を下請業者に負わせようとして、下請業者の会社敷地内で事故が発生したと偽って死傷病報告が提出されることがあります。

このケースも、虚偽の内容とは言え、下請業者の労災保険に基づいた給付申請が行われるため、被災者の補償が不十分となることは少ないですが、責任逃れや再発防止対策などの問題があるため、悪質な労災隠しとして厳しく罰せられます。

救急搬送された病院が不自然であることなどが、労災かくし発覚の端緒となります。

労災隠しは重大悪質な法律違反として処罰される

労災かくしは、被災労働者やその家族が、十分な補償を受けられず著しい不利益を被る可能性があることから、労働基準監督署は、「『労災かくし』は犯罪です」と大きく記載したパンフレットで、「犯罪」という強い言葉を使用し、悪質な労災隠しに対しては非常に厳しい姿勢で臨んでいます。

厚生労働省は、毎月、直近1年間の送検事案を、いわゆる「ブラック企業リスト」としてホームページで公表しています。

平成30年3月に公表されたブラック企業リスト(平成29年3月1日~平成30年2月28日分)では、全部で458件の送検事案が掲載されていますが、このうち、労災かくし(安衛法第100条・安衛則第97条違反)として送検された事案が、1割弱に当たる44件を占めており、労基署が積極的に司法処分を行っていることが伺えます。

くれぐれも適切に死傷病報告の届出を行うよう心がけましょう。