平成30年2月7日、人材派遣大手の「リクルートスタッフィング」(東京都)の派遣社員だった40代男性が、正社員に支払われている通勤手当が派遣社員に支払われないのは不合理な待遇格差を禁じた労働契約法に反するとし、未払いとなっている通勤手当約72万円の支払いを求める訴訟を大阪地方裁判所に起こしました。
男性は、平成26年9月~平成29年6月に同社の有期契約の派遣スタッフとして5か所の事業所で勤務しており、1日あたりの交通費往復1,180~1,580円を自己負担していました。
なお、派遣期間中の時給は1,100~1,350円でした。
有期契約社員による通勤手当の支払いを求める訴訟が増加している
労働契約法第20条は、正社員と有期契約社員(契約社員、パートタイマー等)の労働条件に不合理な待遇格差を設けてはならないと規定しています。
§労働契約法
(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)
第20条 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。
国が働き方改革の目玉の一つとして「同一労働同一賃金」の実現を推し進めていることもあり、有期契約社員が、労働契約法第20条を根拠として正社員にのみ支払われている手当の支払いを求めて訴訟を起こすケースが相次いでいます。
平成29年7月26日、物流大手「ハマキョウレックス」(浜松市)で勤務する契約社員の運転手が、正社員にのみ支払われている「通勤手当」「無事故手当」「作業手当」「給食手当」「住宅手当」「皆勤手当」「家族手当」の7つの手当の支払いを求めて起こした裁判の控訴審判決において、大阪高裁は、「通勤手当」「無事故手当」「作業手当」「給食手当」の4つの手当について契約社員に支払わないのは不合理であるとし、会社に差額約77万円の支払いを命じました。
また、平成30年2月1日、運送会社「九水運輸商事」(北九州市)の男性パート社員4人が、通勤手当が正社員の半額しか支給されないのは労働契約法に違反するとして差額の支払いなどを求めた訴訟において、福岡地裁は、不合理な格差で労働契約法に違反するとして会社側に計約120万円の支払いを命じています。
派遣労働者に対して通勤を支給していない理由は?
リクルートスタッフィングは、男性の訴えに対し、時給が交通費を勘案した金額であるとしています。
通勤手当は一定の支給額まで非課税のため、賃金総額が同じであれば、時給(基本給)に含めて支払われるよりも通勤手当として支払われた方が労働者の手取り額が多くなります。 これも派遣労働者が通勤手当の支払いを求める理由の一つでしょう。
しかし、時給とは別に交通費を支給しようとすれば、派遣を行う際の会社の賃金負担額が労働者の住居地によって>変わることになります。
一方、派遣会社が派遣先から受け取ることができる料金が派遣された労働者の住居地によって変わるわけではありません。
派遣会社からすれば、派遣先と住居地が近く交通費負担の少ない者でなければ採算が合わなくなってしまうため、派遣することができる労働者が大幅に限定されてしまい、安定した派遣労働者の供給が困難となります。
また、派遣労働者は短期間で派遣先が変わることも多く、人数も多いことから、日々の通勤費をその都度計算して支払おうとすれば、給与計算の事務負担は相当大きいものになると考えられます。
同社がこれまで時給と通勤費を分けて支給していない理由にはこういった事情が関係しているものと思われます。
通勤手当の支払いが認められても待遇改善につながらないおそれが
ハマキョウレックスと九水運輸商事の事案では、通勤手当について正社員と有期契約社員で差をつけることは認められていません。
派遣社員というこれまでとは異なる条件下ではあるものの、今回の裁判においても通勤手当の不支給が不合理な待遇格差にあたるとして支払いを命じる判決が下される可能性は十分にあります。
しかし、通勤手当の不支給が不合理な待遇格差だと判断されたとしても、それが派遣労働者の待遇改善につながる可能性は低いのではないでしょうか。
現在、リクルートスタッフィングのように有期契約の派遣労働者に対して通勤費を支給していない派遣会社は多いと思われますが、もし時給とは別に通勤手当を支払わなければならないとされた場合には、多くの派遣会社が賃金負担総額が増えることを避けるために時給単価の見直しを行うものと考えられます。
また、郊外に住んでいる人など、派遣先までの通勤手当が高くなりやすい人は派遣先の紹介を受けられる機会が減少して十分な就労機会を得られなく可能性があります。
同一労働同一賃金や派遣労働者の処遇に関する重要な裁判例となる可能性もあり、今後どのような判決が下されるのか注目したいと思います。