賃金の75%カットを提示されたため定年再雇用の合意に至らず、退職を余儀なくされたとして、元従業員の女性が勤務先の会社に起こした裁判の上告審で、最高裁第1小法廷(木沢克之裁判長)が平成30年3月1日、元従業員、会社双方の上告を棄却する決定を出しました。
これにより、定年後の極端な労働条件悪化は「高年齢者雇用安定法」(高年法)の趣旨に反するとして、会社に慰謝料100万円の支払いを命じた2審・福岡高裁の判決が確定しました。
高年齢者雇用促進法は65歳までの雇用確保措置を義務付けている
高年法は、65歳までの安定した雇用を確保するため、65歳未満の定年を定めている企業に対して、
- 定年の引き上げ
- 継続雇用制度の導入
- 定年制の廃止
のいずれかの雇用確保措置を講じることを義務付けています。
実務上は多くの企業が「2.継続雇用制度の導入」を導入しており、嘱託社員などの有期契約社員として再雇用することで65歳までの雇用を継続している会社がほとんどです。
福岡高裁は、再雇用の際の労働条件について「不合理な相違が生じることは許されない」と指摘し、「定年の前後で継続性・連続性があることが原則」との解釈を示しました。 その上で、再雇用の労働条件として75%もの賃金減額を提示したことは、「生活への影響が軽視できないほどで高年法の趣旨に反する」として違法と認定しました。
定年再雇用で賃金が低下するときは雇用保険から「高年齢雇用継続給付」が支給される
一定要件を満たした労働者が、60歳以降の賃金が60歳時点に比べて75%未満に低下した状態で働き続ける場合には、雇用保険から「高年齢雇用継続給付」が支給されます。
つまり、国は、企業に65歳までの雇用を義務付ける一方、定年再雇用によって賃金水準が低下することは想定していると言えます。
むしろ、賃金引き下げのための方策として定年再雇用制度を選択肢に設けておいたとも言えるかもしれません。
なお、高年齢雇用継続給付の支給額は、60歳時点からの賃金の低下割合に応じて決まり、最大で、60歳時点の賃金の61%以下に低下した場合に各月の賃金の15%相当額が支給されます。
例えば、60歳時点の賃金が月額30万円の労働者が、60歳以後の各月の賃金が18万円に低下したときには、60%(=18万円÷30万円)に低下したことになりますので、1か月当たりの賃金18万円の15%に相当する2万7千円が支給されます。
原告の女性元従業員が継続雇用に応じていた場合には、高年齢雇用継続給付の受給要件を満たしていた可能性が高いですが、60歳時点の賃金の25%という大幅な賃金低下であっても、1カ月当たりの賃金の15%に相当する額しか支給されません。
また、「1カ月当たりの賃金」は、正社員のときではなく、再雇用後の賃金額が基準となるため、高年齢雇用継続給付の支給を受けられたとしても、収入額が大幅に減少することは避けられなかったでしょう。
再雇用契約に至らない限り従業員の身分は失われる
女性元従業員は、損害賠償とは別に、従業員としての地位確認と逸失利益(定年再雇用によって支払われるはずだった賃金)の賠償請求を行っていましたが、「再雇用に至っていないため契約上の権利を有していない」として請求が退けられました。
つまり、定年退職によって雇用契約が一旦終了することまでは否定されておらず、大幅な賃金減額等の不合理な労働条件の提示が原因であったとしても、労使双方が再度の雇用契約の締結の合意に至らなかった場合には、労働者としての身分は消滅することになります。
慰謝料の支払いが認められましたが、継続雇用の労働者としての身分が認められなかったことを考えれば、全体的には労働者に厳しい内容の判決になったように思います。
定年再雇用の契約締結において今後参考とされる重要な判例となるでしょう。