昨年末、会社ともめて退職した際は賠償金を払わなければならないという違法な労働契約をしていたとして、大阪西労働基準監督署が、会社とその代表取締役を労働基準法違反容疑で大阪地検に書類送検したとのニュースが報じられました。
違反容疑の内容は、会社が、退職届を出さずに欠勤したり引き継ぎを十分にできなかったりした場合には「給与2カ月分の賠償金を払う」との違法な雇用契約を締結していたというものです。
雇用契約で損害賠償額を予定することは禁止されている
民法第420条では、債務の不履行があった場合の損害賠償の額を予定することができるとされています。
§民法
(賠償額の予定)
第420条 当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。この場合において、裁判所は、その額を増減することができない。
「損害賠償額の予定」とは、債務の不履行があった場合には実際に生じた損害額にかかわらず予め決めておいた金額を支払うと当事者間で決めておくことを言います。 しかし、労働基準法第16条は、民法の一般原則を修正し、労働契約にあたって違約金を定めたり損害賠償額を予定したりすることを禁止しており、これが今回の違反容疑にあたります。
§労働基準法
(賠償予定の禁止)
第16条 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
労働基準法違反の中でも、同条に基づいて書類送検される事例はほとんどなく、珍しいケースといえるでしょう。
会社から従業員に対する損害賠償請求自体は可能
ところで、労働基準法第16条は、「損害賠償額を予定する」ことを禁止しているものであり、会社から従業員に対して損害賠償請求を行うこと自体が禁止されているわけではありません。
一時期、従業員が店内の冷凍ボックスに入ったり、店の商品で悪ふざけしたりしている写真がツイッターやフェイスブックに多数投稿されて問題となりましたが、これらの行為によって生じた損害に対して、会社から従業員に損害賠償請求を行うことは可能です。
また、二日酔いであることを隠して営業車を運転し事故を起こした場合や、会社のパソコンを私的利用して個人情報等を漏えいさせた場合なども、損害賠償請求の対象となり得ます。
損害額全額の賠償請求は認められない
ただ、損害賠償を請求するためには、会社が、損害の発生とその額を立証しなければならず、手間と費用が掛かりますので、実際に損害賠償請求を行うことは容易ではありません。
また、民法には、従業員の活動から利益を得る会社は、従業員の活動によって生じるリスクも負担すべきという「報償責任」の考え方があるため、従業員に過失があったとしても、その損害の全額を請求することは認められていません。
どの程度の損害賠償請求が認められるかは、従業員の過失の程度や、会社がどれだけ対策を講じていたか等によりますが、過失の程度によっては、会社が当然負うべきリスクの範疇として損害賠償が全く認められない場合もあり得ます。
損害賠償請求を行わなければならないようなケースが生じないよう、社内ルールの徹底や社員教育をしっかり行いましょう。