1社分の賃金に基づく労災保険給付は違法と国を提訴。副業・兼業における労災保険の問題点とは?

平成31年1月9日のニュースで、契約社員として2社で勤務し、長時間労働でうつ病を発症した男性が、1社分だけの賃金に基づいて労災保険の休業補償額を算定したのは違法として、国に給付決定の取り消しを求める訴えを大阪地裁に起こしたことが報じられました。

男性は、ガソリンスタンドの運営会社との間で雇用契約を締結し、契約社員として2店舗で週6日勤務していましたが、さらに、運営会社の関連会社との間でも雇用契約を締結して、同社の契約社員としても週2日、同じ店舗で勤務していました。

男性は、2社あわせて150日以上の連続勤務や月134時間に及ぶ時間外労働を行った結果うつ病を発症し、長時間労働やパワハラが原因として労災認定を受けましたが、休業期間中の賃金補償として支給される「休業補償給付」の算定において1社分の賃金のみを算出基礎とされたことについて不服を申し立てたものです。

9日に第1回口頭弁論が開かれ、国側は請求の棄却を求めています。

労災保険は労働基準法で課せられた補償義務を果たすための「損害賠償保険」

労働基準法(第75条~第88条)は、使用者に対して、労働者が労災事故に遭った場合に一定の補償をすべき義務を課しています。

本裁判で問題となっている「休業補償」は、同法第76条に規定されています。

§労働基準法

(休業補償)
第76条 労働者が前条の規定による療養のため、労働することができないために賃金を受けない場合においては、使用者は、労働者の療養中平均賃金の100分の60の休業補償を行わなければならない。

第2項~第3項 略

使用者は、本条に基づく休業補償を自ら支払っても問題ありません。

ただ、休業補償をはじめとした労災補償義務は長期かつ多額に及ぶことも少なくなく、使用者がその都度支払うとなると事業経営が安定しなくなり、また、資金不足から被災労働者が十分な補償を受けられないおそれもあります。

そのため、国は、使用者に労災保険の加入を義務付け、労災事故があった場合の補償義務を労災保険の給付によって果たすこととしています。

つまり、労災保険は、自動者事故に備えて加入する自賠責保険や自動車保険と同様の「損害賠償保険」です。

本条は、使用者に、支払っている賃金に基づいてその6割の休業補償を行うことを義務付けています。

労災保険は、その休業補償義務に基づいて支払われるため、今回の事案においても2社の賃金合計ではなく、1社の賃金のみに基づいて算出されました。

民事上は運営会社に対して関連会社の賃金相当額を損害賠償を請求する余地がある

労基法に基づく労災補償義務について労災保険から給付されているという現状においては、今回の事案において、2社の賃金合計に基づいて休業補償給付の算出を行うという余地はないものと考えられます。

労災保険は、使用者が労基法によって課せられている補償義務について支払われているだけであり、使用者に課せられている補償義務を超える補償をすることになってしまうためです。 ただ、2社が全く関係ない会社である場合はさておき、今回の事案では、雇用契約は2社に分かれていますが、同じガソリンスタンドで同じ業務に従事していて実態としては同一のものとも言えるため、この辺りの事情を裁判所がどのように判断するのか注目されます。

また、労基法は最低基準を定めたものです。労災補償に関する規定も、最低限行うべき損害賠償の基準を定めて刑事罰をもって確保しようとするするもので、これ以上の損害賠償義務を使用者が一切負わなくてよいという趣旨ではありません。

したがって、被災労働者は、本法の補償義務を超えて実際に生じた損害について民事上の賠償請求をすることは妨げられず、今回の裁判において仮に男性の請求が認められなかったとしても、運営会社に対して関連会社の賃金相当額を逸失利益として民事上損害賠償請求する余地はあるものと考えられます。

国は副業・兼業者の労災保険の取扱いについて議論を開始

国は働き方改革の一環として副業・兼業を推進していますが、副業・兼業者の労災補償が不十分となるおそれがあることは当初から指摘されており、今後も同様の事案が発生しうると考えられます。

平成30年6月から、厚労相の諮問機関である労働政策審議会の労働条件分科会労災保険部会で、副業・兼業者の労災保険給付金額や労災認定の在り方についての議論が始められており、今後取扱いが見直される可能性があります。

今回の裁判事例においてどのような判断がなされるのかは注目したいところです。