「送検されても賃金は払わない!」実際の送検事例にみる賃金不払い事案のポイント

福岡中央労働基準監督署は平成31年1月17日、労働者2人に1カ月分の賃金を支払わなかったとして屋根工事業などを営む法人と同社の代表取締役を最低賃金法第4条(最低賃金の効力)違反の疑いで福岡地検に書類送検しました。

労働新聞社が平成31年2月4日の記事で本件について報じています。

https://www.rodo.co.jp/column/63401/

この記事から見ることができる、賃金不払い事件における書類送検のポイントを解説します。

最低賃金(最賃法第4条)違反と賃金不払い(労基法第24条)違反の関係

本件では、代表取締役が労働者2人に対し、平成28年7月分の賃金計36万1881円を所定支払期日に支払わなかったとして、最低賃金法第4条違反(50万円以下の罰金)によって書類送検が行われました。

ただ、賃金不払いは本条違反の他に労働基準法第24条違反(30万円以下の罰金)にも該当します。

§最低賃金法

第4条第1項 使用者は、最低賃金の適用を受ける労働者に対し、その最低賃金額以上の賃金を支払わなければならない。

§労働基準法

第24条 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。(ただし書以下省略) 2 賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第89条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。

この2つの条文は、1つの犯罪行為が外観上は数個の刑罰法規に当てはまるものの実質的にはその1つだけが適用されることになる「法条競合関係」に当たるため、両者が成立する場合は、特別法に当たる最低賃金法第4条違反のみが成立します。

そのため、賃金不払い事件においては、一部支払われた賃金額が最低賃金未満の場合(賃金全額が支払われていない場合を含む)は最低賃金法第4条違反が成立し、一部支払われた賃金が最低賃金を上回っているが雇用契約等で定めた所定の賃金に達しない場合にのみ労働基準法第24条違反が成立します。

本件は、1名の労働者について賃金全額が支払われていないため、被疑内容は最低賃金法第4条違反となります。

書類送検を行っても未払い賃金を強制的に支払わせることはできない

記事によると、代表取締役は、労働者が取引先に対して「賃金が支払われないので何とかしてほしい」と働きかけたことで感情的になり、労働基準監督署の是正勧告に従わず、送検も覚悟の上で不払いを続けているとみられています。

使用者と労働者の一方又は両方が感情的になり労使トラブルがなかなか解決に至らなくなることは実務上よくありますが、ここで問題となるのが本件のように会社側が「賃金を支払うぐらいなら罰則を受けた方がマシ」と開き直ってしまうケースです。

その場合、国は、書類送検を行って罰則を適用することを求めることはできますが、会社の資産を差し押さえる等によって未払い賃金を強制的に支払わせることはできません

お金(賃金)のやり取りという点だけを見れば、労使当事者間で解決すべき「民事の問題」であり、国は「罰則を背景に法違反の是正を促すこと」「是正をしない場合には罰則を適用すること」はできますが、法違反を強制的に是正する権限までは有していないためです。

本件においても、代表取締役が刑罰が科されてもなお賃金の支払いを拒否する場合は、労働者が民事訴訟や差押え等によって未払い賃金の回収を図ることが求められます。

未払賃金立替払制度は倒産時に発生した未払い賃金を国が立て替える制度

労働新聞社の記事では「未払賃金立替払制度」についても言及しています。

同社は現在も営業を続けている。そのため、労働者は未払い賃金立て替え払い制度の対象とならず、救済が図られない状況にある。

引用元:労働新聞社HP(https://www.rodo.co.jp/column/63401/)

「未払賃金立替払制度」は、一定の要件を満たす会社が倒産し、倒産した日の6カ月前から2年間の間に退職した労働者に賃金の未払いがある場合に、未払い賃金の一部を会社に代わって国が立て替えて支払ってくれる制度です。

会社が倒産した場合が要件となる制度であるため、本件のように労使トラブルで賃金不払いとなっているケースでは同制度は利用できません。

そのため、やはり労働者は自身で未払い賃金を回収する手立てを講じることが求められます。