年次有給休暇の年5日の取得義務違反は「1人につき」最大30万円の罰金が科される?

労働基準法の改正により、平成31年4月1日から、年10日以上の年次有給休暇が付与されるすべての労働者に対して年5日以上の年次有給休暇を取得させることが使用者に義務付けられました。

違反した場合は「30万円以下の罰金」(労基法第120条)に処せられますが、平成30年7月19日の朝日新聞では次のように報じられています。

法施行に必要な省令改正などを検討する労働政策審議会(厚労相の諮問機関)で、経営側委員の質問に担当者が答えた。働き方改革法では、年10日以上の年休が与えられている働き手が自主的に5日以上を消化しない場合、企業が本人の希望をふまえて日程を決め、最低5日は消化させることが義務づけられる。違反した場合、従業員1人あたり最大30万円の罰金が企業に科されるため、企業は対応に神経をとがらせている。

【引用元:平成30年7月19日 朝日新聞記事(https://www.asahi.com/articles/ASL7L466ZL7LULFA00M.html)】

本条に係る法違反が「1人につき1罪(1人当たり30万円以下の罰金)」として取り扱われることは、厚生労働省が公表しているリーフレットでも明らかにされています。

年5日取得させなかった労働者が10人いれば、最大300万円の罰金が科されるのでしょうか。

年次有給休暇の取得義務違反は「1人につき1罪」で、2人以上だと罰金の合計額が上限になる。

本条違反が2人以上の労働者に対して認められた場合、刑法第45条に規定する「併合罪」の関係に当たります。

§刑法

(併合罪)
第45条 確定裁判を経ていない二個以上の罪を併合罪とする。ある罪について禁錮以上の刑に処する確定裁判があったときは、その罪とその裁判が確定する前に犯した罪とに限り、併合罪とする。

併合罪のうちの2個以上の罪について罰金に処するときは、「それぞれの罪について定めた罰金の多額(罰金額の上限)の合計以下で処断する」(刑法第48条第2項)こととされています。

§刑法

(罰金の併科等)
第48条第2項 併合罪のうちの二個以上の罪について罰金に処するときは、それぞれの罪について定めた罰金の多額の合計以下で処断する。

したがって、年5日の取得義務を果たさなかった労働者が2人であれば「60万円以下の罰金」、10人であれば「300万円以下の罰金」に処せられることになります。

「1人につき1罪」は年次有給休暇の取得義務化に限った話ではない

ただ、「1人につき1罪」が成立することは、年次有給休暇の取得義務違反に限った話ではありません。

違法な時間外労働を行わせた場合の第32条違反の罰則は、「6箇月以下の懲役又は30万円以下の罰金」(労基法第119条)です。

藪清紡織事件の大阪高裁判決(昭33年(う)第1026号 S33.12.2)では、時間外労働違反(第32条違反)の罪数について「その使用日毎に各就業者個人別に独立して同条違反の罪が成立するものと解すべく、従って各就業者の数に応じその就業日数に相当する数の併合罪として処断するを相当とし、これ等を包括して1罪が成立するものとなすべきではない。」と判示し、上告審(S34.7.2 最高裁第一法廷)においても同判決が正当であると認めました。

つまり、労基法第32条違反は「各労働者ごとに1日につき1罪」となるため、最大で「30万円×労働者数×就業日数」の罰金刑に処せられることになります。

さらに、別の判例においては「第32条第1項違反(週40時間)と第2項違反(1日8時間)は併合罪の関係に当たる」(H22.12.20 道路交通法違反、労働基準法違反被告事件 最高裁第三小法廷)と判示されています。

ある日の時間外労働が1日8時間と週40時間のどちらにも違反した場合には2罪としてカウントされることになり、さらに罪数は膨れ上がります。

実務上は何百万円もの罰金刑が言い渡されることは考えにくい

ただ、違法な時間外労働(労基法第32条違反)に対して何百万~何千万という罰金が科されたという事例は聞いたことがないのではないでしょうか。

労基法違反に関する事件は、そのほとんどが100万円以下の罰金・科料に相当する事件の手続きである「略式処分」によって進められています。

そのことからもわかる通り、罪数に応じた上限額の罰金刑が科されることはまずなく、その多くは「30万円の罰金」又は「50万円(又は60万円)の罰金」の略式命令に留まります。

参考事例として、労働者2名に36協定の延長時間を超える違法な時間外労働を行わせたとして第32条違反に問われた電通は、罰金50万円の判決(2017年10月6日 東京簡裁)が言い渡されています。(本件は略式起訴された後に裁判所の判断で正式裁判に移行しています。)

罰則の程度は過去の同種の事件との均衡も考慮されるため、今後もこれを大幅に超える罰金刑が科されることは考えにくいでしょう。

「1人につき最大30万円」は刑法上の罪数論について述べただけ

年次有給休暇の年5日の取得義務化だけ「1人につき30万円」との報じられ方がされたため、本条違反について特に厳しい罰則が科されたという印象をもつ方が少なくないようです。

ただ、時間外労働の上限規制も同日施行(中小企業は1年猶予)されますが、前述の判例の通りこちらも1人当たり(かつ1日当たり)で1罪が成立しますので、法改正にあたって年次有給休暇の取得義務化だけ特に厳しい罰則が設けられたわけではありません。

「1人につき最大30万円の罰金」や「10人違反すれば300万円の罰金」は刑法上の罪数論について述べたものに過ぎません。

重要なのは、罰則の程度にかかわらず適切な労務管理を徹底すべきことであると心掛けましょう。