三田労働基準監督署が電通に実施した労働基準監督官による「臨検」とは?

「臨検」は労働基準監督官が日常行う主要業務の一つ

電通の女性新入社員が自殺して労災認定されたことをうけて、東京労働局三田労働基準監督署が電通本社に対して臨検を実施したことがニュースになっています。

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元労働基準監督官として少し気になったのは、この「臨検」ですが、ニュース記事によっては、 「臨検に踏み切ることを決定した」 「臨検と呼ばれる強制調査を実施」 など、まるで労働基準監督署が今回の電通のように重大・悪質な事件を起こした会社に対して行う最終手段のような書かれ方がされています。

しかし、実際はそんなことはなく、臨検は労働基準監督官にとっての主要な業務の一つであり、労働基準監督官が毎日のように行っている通常業務です。

「臨検」は労働基準法第101条に基づく立ち入り調査

そもそも臨検とは、労働基準法や労働安全衛生法の順守状況を調査するために会社に立ち入りし、資料の提出を求めたり関係者に尋問を行ったりすることを言い、労働基準法第101条で次のように規定されています。

労働基準法

(労働基準監督官の権限 )
第101条 労働基準監督官は、事業場、寄宿舎その他の附属建設物に臨検し、帳簿及び書類の提出を求め、又は使用者若しくは労働者に対して尋問を行うことができる。

労働基準法以外に、労働安全衛生法、最低賃金法、家内労働法にも労働基準監督官の調査権限に関する同様の規定が設けられています。

これらの中で、「臨検」という言葉は労働基準法の規定の中のみで使用されていますが、実務上は、労働安全衛生法や最低賃金法に基づく立ち入り調査の場合でも「臨検」と呼ばれています。

会社の社長や人事労務を担当されている方であれば、ある日突然会社に労働基準監督官がやってきて、タイムカードや賃金台帳や就業規則などの資料の提出を求められたり、時間管理の方法などいろいろと話を聞かれたりしたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

この立ち入り調査が「臨検」であり、ほとんどの労働基準監督官は、毎月数件から十数件の会社に対して臨検を行っています。(労災給付のために労働基準監督署の職員が会社に訪問する場合などもあるため、訪問調査がすべて臨検にあたるわけではありません。また、臨検ではなく呼び出しによる調査を行うこともあります。)

臨検を実施した結果、労働基準法や労働安全衛生法などの違反が見つかった場合は、会社に対して「是正勧告書」を交付し、法違反状態の是正を指示します。

また、法違反とは言い切れないがそのおそれがある場合や労働条件などが国が定めている各種の基準に満たない場合、そのほか労働環境の改善が必要と認められる場合などには、「指導票」を交付し、その改善を求めます。

電通は、女性新入社員が自殺する以前に、労働基準監督署から長時間労働に対する是正勧告を受けていたことが明らかとなりましたが、このときも臨検が実施されていて、その結果、労働基準法違反が確認されて是正勧告が行われたのです。

臨検の実施対象となる会社の選定理由は様々

今回、三田労働基準監督署が電通に対して改めて臨検を実施することとした理由は、同社が25年前にも過重労働による同様の自殺事件(いわゆる「電通事件」)を起こしていること、大々的に報道されていて社会的影響の大きい会社であること、女性新入社員が自殺する以前に行われていた是正勧告に対して是正報告をしていたが実際には是正されていなかったことなどから、事件の重大性や悪質性を問題視したためであることは間違いないと思います。

また、電通本社のみではなく、その子会社にも一斉に臨検が実施されたことについては、ニュースで報じられている通り異例の措置と言えます。

しかし、そもそも臨検は、今回の電通のように(ニュースを見る限り)明らかに労働基準法違反がある会社だけが対象になるわけではなく、毎月、一定数の会社に対して実施されているものであり、その実施対象となる会社の選定理由は様々です。

そのため、突然会社に、労働基準監督官が「臨検に来ました。資料を見せてください。」とやってきても、「うちは何も問題は起こしていない。なんでそんなことをしなくてはならないんだ。」などとは言わず、調査には素直に応じていただければと思います。

電通は、今回の臨検実施後に司法事件に切り替えられ、労働基準法違反の刑事事件として立件されることはほぼ間違いないでしょう。

二度と同じような事件を起こさないよう電通には根本的な改善を徹底的に実施してもらいたいと思います。

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