ヤマト運輸の未払い残業代に影響?1ヵ月単位の変形労働時間制の運用が不適切な場合とは?

弁護士ドットコムニュースが、ヤマト運輸の未払い残業代問題に関し、1ヵ月単位の変形労働時間制が適切に運用されていないことが原因で未払い残業代の金額が大幅に増える可能性があることを報じました。

ヤマト、未払い残業代「倍増」の可能性…裁判官が「変形労働時間制」不適切運用を指摘(弁護士ドットコムニュース)

記事によると、元ドライバー2名がヤマト運輸に対して起こした未払い残業代をめぐる労働審判の中で、裁判官が、1ヵ月単位の変形労働時間制の運用が不適切である旨の発言(心証開示)をし、3月23日に成立した調停は、元ドライバーらにとって高い水準での合意になったとのことです。

1ヵ月単位の変形労働時間制の運用が不適切とされて未払い残業代が増加する場合には、どのようなケースが考えられるでしょうか。

1ヵ月単位の変形労働時間制とは

1ヵ月単位の変形労働時間制は、労働基準法に規定されている4つの変形労働時間制の中の1つです。

労働基準法では、原則として、各日および各週ごとに1日8時間、週40時間を超えて行わせた労働が時間外労働として取り扱われ、その時間に対して割増賃金(残業代)を支払う必要があります。

しかし、1ヵ月単位の変形労働時間制を導入し、1ヶ月以内の期間を平均して1週間当たりの労働時間が40時間以内となるようにあらかじめ各日及び各週の所定労働時間を特定した場合は、あらかじめ特定していた時間までは時間外労働として取り扱われなくなり、割増賃金の支払いが不要になります。

例えば、次のような勤務を行わせた週があるとします。

日:休日 月:10時間 火:6時間 水:8時間 木:8時間 金:8時間 土:休日

この場合、原則通りだと、月曜日に8時間を超えて行わせた2時間の労働が時間外労働となり、割増賃金の支払いが必要となります。

しかし、1ヵ月単位の変形労働時間制を導入し、あらかじめ月曜日の所定労働時間を10時間、火曜日の所定労働時間を6時間と定めていた場合は、割増賃金の支払いが不要となります。

日や週によって労働時間が異なりシフト表によって労働時間が決められている労働者や、同月内で繁閑の時期がはっきりしている業務に従事する労働者の場合、会社は、1ヵ月単位の変形労働時間制を活用することで、割増賃金の支払い負担を小さくすることが出来ます。

各労働日および各週の労働時間をあらかじめ特定しなければならない

1ヵ月単位の変形労働時間制の運用が不適切と指摘されるケースの1つ目として、勤務予定表が適切に作成されていないケースが考えられます。

変形期間(平均する期間)は、1ヵ月以内の期間であればよいため、2週間や4週間といった期間で1ヵ月単位の変形労働時間制を適用することも可能ですが、1ヵ月を変形期間として適用されていることがほとんどです。

変形期間を1ヵ月とする場合は、1週間当たりの労働時間が40時間以内になるように勤務予定表を作成するには、月の総労働時間が30日の月(4月や6月)であれば約171時間、31日の月(3月や5月)であれば約177時間となるように、各労働日および各週の労働時間を決定する必要があります。

もし、5月に、総労働時間が約177時間を超える勤務予定表を作成した場合は、1週間当たりの労働時間が平均40時間以内となるように各労働日及び各週の所定労働時間を特定しているとは言えません。

そのため、1ヵ月単位の変形労働時間制を適用するための要件を満たさなくなり、原則通り、各労働日および各週ごとに1日8時間、週40時間を超えて行わせた労働に対して割増賃金を支払う必要があります。

勤務予定表を作成する段階で時間外労働(残業)を予定し、時間外労働を含めた勤務予定表を作成することは好ましくありませんが、そのような勤務予定表を作成する必要がある場合は、少なくとも、所定労働時間として取り扱う時間と時間外労働として取り扱う時間を勤務予定表の中で明確にしておくことが必要でしょう。

勤務日や休日の振替を行ってもあらかじめ特定した時間は変更できない

1ヵ月単位の変形労働時間制の運用が不適切と指摘されるケースの2つ目としては、勤務日や休日の振替が適切に行われていないケースが考えられます。

1ヵ月単位の変形労働時間制は、各労働日および各週の労働時間を「あらかじめ特定」する必要があるため、事後に勤務日や休日の振替を行ったとしても、各労働日や各週の所定労働時間の上限を変更することはできません。

例えば、 第1週:1日8時間、月~金の5日勤務(週40時間) 第2週:1日8時間、月~土の6日勤務(週48時間) として勤務予定表を作成していた場合、第1週の土曜日(休日)と第2週の土曜日(出勤日)を振り替えたとしても、第1週は、40時間を超える時間が時間外労働として取り扱われることになるため、8時間の時間外労働が発生します。

労働時間を1日8時間と定めていた日と1日10時間と定めていた日を振り替えた場合も同様であり、元々1日8時間と定めていた日に10時間の勤務を行わせた場合には、8時間を超える2時間が時間外労働として取り扱われることになります。

そのため、勤務日や休日の振替を頻繁に行っている場合は、割増賃金の不足が発生している可能性があります。

多くの企業に同様の問題が潜んでいる可能性

1ヵ月単位の変形労働時間制の不適切な運用による残業代請求は、ヤマト運輸に限らず、多くの企業に潜んでいる可能性がある労務リスクです。

今回のヤマト運輸の労働審判のように、退職者が未払い残業代請求の訴えを起こすケースは、今後増加が予想されます。

未払残業代は、会社の事業継続そのものを困難にさせかねない問題です。 普段から労務管理をしっかりと行っておきましょう。