パワハラに対して損害賠償請求したい!その法的根拠はどこにある?

労使トラブルの解決を求めて行われる「損害賠償請求」

「損害賠償請求」とは、違法な行為によって損害を受けた人が、その原因を作った人に対して、損害の埋め合わせ(賠償)を請求することをいいます。

例えば、従業員が会社の上司からパワハラの被害に遭ったときに、精神的苦痛に対する慰謝料を請求する場合や、うつ病の治療費を請求する場合などが損害賠償請求にあたります。

損害賠償請求は、解雇の取り消しなどを求める「地位確認請求」や、未払い賃金の支払いなどを求める「債務の履行請求」と並び、労使トラブルにおいて従業員から会社に対して行われることが多い請求内容の一つです。

では、この損害賠償請求は、法律上のどのような根拠に基づいて行われているのでしょうか。

「債務不履行による損害賠償」と「不法行為による損害賠償」

損害賠償に関する規定は民法に定められており、損害賠償の請求原因は、

  • 債務不履行による損害賠償(第415条)
  • 不法行為による損害賠償(第709条)

の2つに大きく分けられます。

また、労使トラブルにおける損害賠償請求においては、不法行為による損害賠償の一種である

  • 使用者等の責任による損害賠償(第715条)

もあわせて押さえておく必要があります。

債務不履行による損害賠償(民法第415条)

§民法

(債務不履行による損害賠償)
第415条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。

民法第415条は、債務者が契約などに基づく債務を履行しなかったときに、それにより生じた損害について賠償を求められることを規定した条文です。

債務には、当事者間で定めた契約内容によって発生する債務のほか、当事者間の関係によって生じる法律上の義務も含まれます。

例えば、会社と労働者が雇用契約を締結したとき、労働者には会社に労働力を提供する義務(債務)が発生し、会社には労働者から提供された労働力に対して給料を支払う義務(債務)が発生しますが、その債務の内容は、雇用契約の内容(賃金条件や業務内容など)によって決まります。

一方、雇用契約を締結することにより、会社には、労働契約法第5条に基づく労働者に対する安全配慮義務が生じます。

§労働契約法

(労働者の安全への配慮)
第5条 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

この安全配慮義務は、雇用契約でその内容を具体的に定めていなかったとしても、会社が労働者に対して果たさなければならない法律上の義務(債務)であり、安全配慮義務が果たされなかった場合、労働者は、会社に対して、民法第415条に基づく損害賠償を請求することが出来ます。

なお、債務不履行による損害賠償のうち、金銭債務の不履行(賃金が支払日までに支払われなかった場合など)によって生じた損害に対する賠償のことを、特に「遅延損害金」といい、損害額の算定方法や損害の証明方法などについて特別な規定が設けられています。

不法行為による損害賠償(民法第709条)

§民法

(不法行為による損害賠償)
第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

民法第709条は、相手方の故意または過失によって、自分の権利や法律上保護される利益を侵害されたときに、それにより生じた損害について賠償を求められることを規定した条文です。

交通事故でケガをした人が、事故の加害者に対して治療費や逸失利益などを請求する場合などが、不法行為による損害賠償請求にあたります。

また、パワハラによって受けた精神的苦痛に対する慰謝料を請求する場合も、不法行為(=パワハラ)による損害賠償の代表的な例と言えます。

使用者等の責任による損害賠償(民法第715条)

§民法

(使用者等の責任)
第715条 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。

2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。

3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。

民法第715条は、従業員の不法行為によって第三者に損害を与えた場合に、会社(使用者)が損害賠償の責任を負うことを定めた規定です。

損害賠償の対象となるのは従業員が行った「不法行為」であるため、使用者等の責任に基づく損害賠償は「不法行為による損害賠償」の一種です。

そのため、第709条の不法行為が「一般不法行為」と呼ばれるのに対し、第715条の不法行為は「特殊不法行為」と呼ばれます。

通常は、不法行為の行為者と損害賠償の責を負う者が同じですが、第715条においては、不法行為の行為者(従業員)と損害賠償の責を負う者(会社)が別である点が特殊と言えます。

歩行者が、仕事中の自動車に接触されてケガを負ったときに、運転者(従業員)の使用者である会社に対して損害賠償を請求する場合などが、使用者等の責任に基づく損害賠償請求にあたります。

債務不履行による損害賠償は契約関係において発生するが、不法行為による損害賠償は契約の有無にかかわらず発生する

債務不履行による損害賠償と不法行為による損害賠償の大きな違いの一つに、当事者間の契約の有無があります。

債務不履行による損害賠償の場合は、当事者間に必ず契約関係が存在します。

何らかの契約関係がなければ、両者は全く無関係であり、そもそもお互いに履行すべき債務は存在しないからです。

一方、不法行為による損害賠償の場合は、当事者間に必ずしも契約関係が存在しません。

交通事故の例でいえば、加害者と被害者はそのとき偶然事故に遭っただけで何の契約関係はありませんが、加害者(債務者)と被害者(債権者)として損害賠償が発生しています。

「パワハラに対する損害賠償請求」にもいろいろな方法がある

債務不履行による損害賠償は当事者間に契約関係がなければ成立しませんが、不法行為による損害賠償は契約関係の有無にかかわらず成立します。

そのため、当事者間に契約関係がある場合は、ある損害に対して債務不履行と不法行為のいずれによっても損害賠償を請求できるケースが発生します。

これを「請求権競合」といいます。

債務不履行による損害賠償請求では、債務者(請求される側)に「(自分に)故意または過失がなかったこと」を立証する責任があるのに対し、不法行為による損害賠償請求では、債権者(請求する側)に「(相手に)故意または過失があったこと」を立証する責任があります。

そのため、一般的には、請求権が競合するときは、請求者は、債務不履行による損害賠償請求を行ったほうが不法行為による損害賠償請求を行うよりも有利であると考えられています。

労使トラブルにおいては、当事者間に必ず雇用契約関係が存在しますので、ほとんどの場合において債務不履行による損害賠償と不法行為による損害賠償の請求権競合が発生します。

例えば、上司からパワハラを受けたため会社に対して損害賠償を請求しようとする場合、次のような損害賠償請求が考えられます。

  • 労働契約法第5条に定める安全配慮義務の債務不履行に対して損害賠償(第415条)を請求する
  • 上司の不法行為(=パワハラ)に対して使用者責任(第715条)に基づいて損害賠償を請求する
  • (パワハラが会社ぐるみ又は会社主導と認められる場合)会社に対して不法行為による損害賠償(第709条)を請求する

損害賠償請求にあたっては、個々の事案に応じて「どのような根拠に基づいて損害賠償を請求できるのか」「どのような根拠で損害賠償を請求するのが有利か」ということを十分に考慮することが必要です。