電通の女性社員の自殺が労災認定。問われるべきは管理者や経営者のプロ意識では?

24年ぶりに引き起こされた「2回目の電通事件」

電通の新入社員だった女性(当時24歳)が昨年12月に自殺し、三田労働基準監督署が労災として認定しました。

電通は女性社員に対して月100時間を超える残業を行わせており、また、上司からはパワハラと受け取られる言動があったことからも妥当な認定と言えるでしょう。

電通は、1991年にも、入社2年目の男性社員(当時24歳)が長時間労働の末に自殺に至るという、いわゆる「電通事件」を起こしています。

この事件は、事業主の安全配慮義務に関する判例として労務管理やメンタルヘルスの研修などでは必ずと言っていいほど取り上げられますので、ご存知の方も多いかと思います。

今回亡くなられた女性社員の上司は、電通事件で亡くなられた男性社員と同世代ではないでしょうか。

24年を経て、またも長時間労働による社員の自殺という事件を起こしてしまった電通は、長時間労働による弊害を甘く見てしまっていて、労務管理体制はずさんなものだったと言わざるを得ません。

平成27年度の精神障害による自殺の労災認定件数

今回の電通の女性社員の自殺が労災認定されたことは、遺族と代理人弁護士が記者会見を開いたため明らかとなり、勤務していた会社が名の知れた電通であることや「2回目の電通事件」ともいえる事案であることなどから話題性もあるため、各種のニュースで大々的に取り上げられました。

国は、個々の労災事案についての公表は行っていません。そのため、遺族や代理人弁護士が記者会見を開かなければニュースになることは通常ありませんが、今回の事案のように、自殺の原因が長時間労働などの業務上の理由によって発症した精神障害によるものとして労災認定されるケースは決して珍しくはありません。

厚生労働省の発表によると、平成27年度において精神障害による自殺(未遂を含む。以下同じ。)で労災認定された件数は93件です。

また、一度不認定になったあとに審査請求等(再審査請求、訴訟を含む)によって労災認定された件数が13件ありますので、あわせて106件の精神障害による自殺が労災として認定されています。

つまり、毎週2件の自殺が業務上の理由によって発症した精神障害に起因するものとして労災認定されている計算になります。

これを多いとみるか意外と少ないとみるかは人それぞれかもしれませんが、何ら対策を講じないまま放置してよい件数ではないでしょう。

国は、この機会に早急に実効性のある対策を講じる必要があるのではないでしょうか。

問われるべきは労働者のプロ意識ではなく経営者や管理職のプロ意識

武蔵野大学グローバル学部グローバルビジネス学科の長谷川秀夫教授が、インターネットのニュースサイトに「月当たり残業時間が100時間を超えたくらいで過労死するのは情けない」とコメントして、「炎上」しました。

長谷川教授が電通の女性社員のことを指して言っているのかどうかは文面上明らかではありません。

しかし、長谷川教授がコメントを出したタイミングなどを考えると、少なくとも電通の女性社員の労災認定のニュースを意識してコメントを出したのは間違いないでしょうし、コメントを読む人たちが電通の女性社員のことを指して言っていると「推測」することはやむを得ないことでしょう。

私が長谷川教授のコメントを読んで特に気になったのは、「長谷川教授がグローバル学部グローバルビジネス学科の教授であること」と「プロ意識があれば、上司を説得してでも良い成果を出せるように人的資源を獲得すべく最大の努力をすべき」とコメントしていることの2点です。

長谷川教授のコメントは、日本の旧態依然とした労働時間の在り方を推奨しているように見えます。

日本の労働時間の在り方が一概に間違っているわけではありませんが、決してグローバルスタンダードなものではなく、むしろグローバルビジネスにおいては全く通用しないでしょう。

曲りなりにも「グローバルビジネス」の名を冠する学部・学科で教鞭をとる教授がこのようなコメントを出すことは、やはり違和感を覚えます。(日本の労働時間をグローバルスタンダードにしようという研究をされているのなら別ですが。)

もう一つの、労働者に対して「プロ意識があれば、上司を説得してでも良い成果を出せるように人的資源を獲得すべく最大の努力をすべき」と提言している点については、労働者にプロ意識を求めること自体は当然のことと言えます。

しかし、良い成果を出せるように人的資源を獲得すべく最大の努力をすべきであるのは管理職や経営者であり、問われるべきは管理職や経営者のプロ意識でしょう。

長谷川教授の言葉を借りるのならば、労働者(部下)がいい仕事ができるように環境を整え、労務管理や業務管理を適切に行って労働者の健康を守るということは、マネジメントを行う管理職や経営者が「請け負った仕事」の一つです。

電通の管理職や経営者にその仕事を「プロとして完遂するという強い意識」はあったのでしょうか。

その点に言及しないまま労働者のプロ意識に責任の所在を求めようとしている点からも、やはり長谷川教授が旧態依然とした考え方に捉われていると感じざるを得ません。

このような事件が二度とないように願ってやみません。

亡くなられた女性社員のご冥福をお祈りいたします。

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